中編 枯れた心の美学 ― 相国寺・銀閣寺・哲学の道
銀閣寺に銀箔はない。石庭に答えはない。哲学の道に終わりはない。京都の東山は、「無」を美とする世界だ。足利義政は室町幕府が最も暗かった時代に、ここに小さな別荘を作った。全てを手放し、内側へ向かうその姿勢が、五百年を経た今も静かに語りかけてくる。
① 相国寺

京都御所の近くにある相国寺は、京都五山の第2位に位置づけられた臨済宗の名刹です。室町幕府がすぐ隣にあったことから「幕府のお寺」とも言えます。金閣寺・銀閣寺はどちらも相国寺から住職が派遣されているグループ寺院です。
境内には1605年に豊臣秀吉によって再建された法堂があります。建物は何度も戦火で焼けており、今あるものは江戸時代以降に再建されたものです。一般に無料で公開されている法堂の内部は、格子天井と豪華な内装が見事です。お金を取らずに開放しているという姿勢に、寺の本来の姿を感じました。
② 銀閣寺(慈照寺)

銀閣寺の正式名称は「慈照寺」です。金閣寺が室町幕府の黄金期に作られたのに対し、銀閣寺は足利義政が将軍を辞めた後の暗黒期に作られました。金閣は華やかさ、銀閣は枯れた侘びの心を感じさせます。
境内は金閣寺より規模が小さく、門も一般客と特別な来賓で分けていません。これは「権力者に見せるための施設ではなく、個人の別荘として作られた」ということの表れでしょう。
今の銀閣は元々銀箔が塗られていたわけではなく、黒く塗られていた壁が劣化して剥げ落ちていき、それが時代を経た独特の風合いになっています。室町時代の滅びの象徴として、建物が傷んでいくのに任せているとも言えます。
③ 哲学の道と疏水
銀閣寺から南へ続く哲学の道を歩きます。京都大学の哲学者たちがここを歩きながら思索にふけったことから名前がついています。哲学者・西田幾多郎の言葉が看板に書かれています。「善とは一言で言えば人格の実現である」「衝突・矛盾のあるところに精神あり」などの言葉が道沿いに並んでいます。
この道の脇を流れる水路は琵琶湖疏水です。滋賀県の琵琶湖からトンネルを掘って水を引いてきた明治時代の大工事で、不思議なことに水が山を登るように流れています。地形の高低差を克服するために精巧な設計がされています。
南禅寺の境内にある水路閣(レンガ造りの橋)もこの疏水の一部です。歴史あるお寺の中に明治時代の近代的な建造物が堂々と建っています。当時は違和感があったでしょうが、150年経った今ではこの景色自体が歴史の一部になっています。
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