
あらすじ
『こころ』は、夏目漱石が1914年に発表した長編小説です。物語は「先生」と「私」の交流を中心に進み、やがて「先生」の過去に秘められた悲劇が明らかになっていきます。
物語は三部構成となっています。

第一部「先生と私」では、語り手である「私」が海水浴先で「先生」と出会い、その後も親交を深めていく様子が描かれます。
「先生」はどこか陰のある人物でありながらも、「私」にとっては知的で魅力的な存在でした。「私」は大学に通うかたわら、たびたび「先生」の家を訪れ、彼の生き方や考え方に強く惹かれていきます。しかし、「先生」は過去について語りたがらず、「私」は彼が何か重大な秘密を抱えていることを感じ取ります。
第二部「両親と私」では、「私」が大学を卒業し、故郷へ戻ることになります。
父が病に倒れ、「私」は家族の世話をすることになりますが、その間も「先生」のことが気になって仕方がありません。そんなとき、「先生」から分厚い手紙が届きます。「私」はその手紙を受け取るや否や、急ぎ上京する決意を固めます。
第三部「先生の遺書」では、「先生」が「私」に宛てた長い手紙の内容が明かされます。
手紙の中で「先生」は、自分の過去について告白します。彼は学生時代、親友であったKと下宿生活を共にしていました。Kは禁欲的で学問一筋の人物でしたが、やがて同じ下宿先の娘に恋をするようになります。「先生」もまたその娘に想いを寄せており、彼はKの恋心を知りながらも、自ら娘に求婚し、結婚を決めてしまいます。このことがKに大きな衝撃を与え、彼は自ら命を絶ちます。

「先生」はこの出来事に深い罪悪感を抱き続け、それ以来、人間不信となり、孤独な人生を送ることになります。
「私」に心を開いたのは、自分の人生を振り返り、誰かに自分の過ちと苦しみを伝えたいという思いからでした。「私」は手紙を読み終えた後、すぐに「先生」に会いに行こうとしますが、時すでに遅く、「先生」は命を絶ってしまいます。
このように、『こころ』は、「私」の視点を通じて「先生」の人生を紐解く形で進み、読者もまた「先生」の孤独や後悔に共感し、考えさせられる作品となっています。
背景
『こころ』は、明治から大正へと移り変わる時代に書かれました。この時期、日本は西洋化が進み、人々の価値観や道徳観が大きく変わりつつありました。
特に、漱石が『こころ』を執筆した1914年は、第一次世界大戦が勃発した年でもあります。この小説は、時代の変化の中で揺れる人々の心を描き、個人主義と伝統的な価値観の狭間で葛藤する日本人の姿を浮き彫りにしています。
また、明治時代には学問が重視される一方で、道徳観や人間関係の価値が変容しつつありました。Kのような理想に燃える青年が挫折し、先生のような人物が孤独を抱える背景には、こうした社会の急激な変化が影響していると考えられます。
Kのモデル
『こころ』の登場人物であるKには、実在のモデルがいると考えられています。漱石の親友であった小宮豊隆や、漱石自身の若き日の体験がKに投影されているとも言われます。
Kは、純粋な向学心を持ちながらも、恋愛感情に揺れ動き、最終的には命を落とします。彼の姿は、明治時代の理想主義的な青年像を反映していると同時に、人間の弱さや運命の残酷さを象徴しているとも解釈できます。
また、Kは単なる恋愛の敗者ではなく、時代の変化に適応できなかった人物としての側面もあります。彼は学問に生きようとしましたが、現実世界ではその純粋さが許されなかったのです。これは、当時の若者が直面した現実とも重なります。
伝えたいこと
『こころ』は、人間の心理や倫理観、そして罪の意識を深く描いた作品です。
漱石はこの作品を通じて、人間の「心」が持つ矛盾や孤独、そして後悔を読者に問いかけています。特に、「先生」の内面の葛藤は、人間の本質を考えさせるものです。読者は彼の罪の意識や孤独感に共感すると同時に、人生において何が正しく、何が間違っているのかを改めて考えさせられるでしょう。
さらに、この作品では「伝統と近代化の間で揺れる日本」「道徳観の変化」「人間関係の崩壊」といったテーマが込められています。これは現代にも通じる問題であり、読むたびに新たな視点を得られる作品です。
夏目漱石が【こころ】を書いた理由
漱石が『こころ』を書いた背景には、彼自身の経験や思想が大きく影響しています。
漱石は若い頃、英国留学中に精神的な苦しみを味わいました。この経験から、彼は人間の心の複雑さや孤独について深く考えるようになります。また、明治という時代の価値観の変化も彼に大きな影響を与えました。
『こころ』は、そんな漱石自身の内面的な葛藤や、人間関係の機微を描いた作品であり、彼の文学の集大成とも言える作品です。漱石が『こころ』に込めた思いを読み解くことで、現代に生きる私たちもまた、人間の心の奥深さを感じ取ることができるでしょう。
また、この作品は漱石の晩年の代表作でもあり、彼の「個人主義」や「人間の孤独」に対する考えが色濃く反映されています。